声の秘密(ハチ流)


ふと思った、解っているようで解っていない「声」に関する疑問を、私が理解し易いように
自分流に「解説」しています。誤解を恐れず、ここに公開しておきます。
なお、混声合唱にとってより良い声を出す訓練方法にも若干触れているが、それはこの
レポートの本旨ではなく、それはそれで実践訓練が中心の勉強が必須である。
「だからといって実際どうすりゃいいんじゃ!」なんて言わないで下さい。


その1:強いと大きい、又は、弱いと小さいは、何が違うか?

  【結論】
   強い、弱いは物理的「演奏法」であり、大きい、小さいはその結果である感覚的「音量」
   を意味する。

  【解説】
   ・楽譜に指示されている強弱記号は、その名が示す通り演奏の「強弱」を指示している。
    fは強く、ffは極めて強く演奏せよ、という指示。cresc.は、だんだん大きくではなくて、
    だんだん「強く」である。
   ・強く演奏すれば、その結果音量は大きくなる。
   ・例えばピアノ演奏の場合、「強く」の奏法は「鍵盤を叩く速度を速くして」演奏する事で
    あり、ヴァイオリンなら「弓を速く弾く」ことであり、その結果、音量が大きくなる。
   ・MIDI用語で「音の強さ」情報を「ベロシティ(Velocity)」というが、これの本来の意味は
    「速さ」なのである。
   ・声の場合の「強く」の奏法は「声帯に空気を送り込む速度を速くする演奏」であり、それ
    が声帯の振動幅を大きくし、音源の振幅を大きくするので、声が大きくなるのである。
   ・故に例えば「強くて小さい声」などという演奏指示は無いのである。
   ・「pp」の演奏指示のところに、表情指示で「力強く(con forza)」などと指示されている
    場合があっても、それは「強く」を意味しない。
   ・強く発声するには、ただ「声帯に送り込む空気速度を速く」すればいいかと言えば、
    実はそうではない。もう一つ、抵抗としての声帯の閉じる力をそれに負けない様に
    強くしなければならない。ヴァイオリンで言えば弦を抑える力を強くする事に似ている。
   ・ところでこの「声帯を強く閉じる」ことは、そう簡単ではない。声帯付近の喉頭には、
    仮声帯、喉頭蓋などの他、これを動かす色々な筋肉が複雑に構造していて、意識的に
    声帯の閉じる力だけを強くすることは非常に難しいのであって、欠伸をする時の咽喉
    の姿勢を保つ、などの「訓練」によって「よい結果」を導くしかない。
   ・これは疑問「その2」にも関係するが、喉頭全体に力が入ると、声帯の厚みが増した
    り、声帯の上にある仮声帯(左右から丘のように隆起している)の隆起が高くなったり、
    口頭蓋(気管の蓋)が閉じ気味になった、所謂「のどを閉める」状態になりやすくなる。
    そうすると次の現象が起る。
    @共鳴のための空洞が狭まり、共鳴効果が著しく低下する。
    A声帯と粘膜で繋がっている仮声帯が振動し、雑音に似た音が混ざり、折角声帯で
      出来たスナートな振動を仮声帯振動が複雑に壊す。
      (浪曲師はこれを訓練によって意識的に使う)
   ・ところで、咽喉を詰めない発声練習について、面白いことに気付いた。疑問「その4」に
    関係するが、低い音からだんだん高くして行くと、詰り易いが、咽喉を一杯開けて高い
    音をいきなり出すと、詰らないで出せる。


その2:同じ大きさの声でも、声の特性(音色)によって届く距離に違いがあるか?

  【結論】
   正確には、同じ環境下(場所や気温、聴く人)であっても、声の特性によって聴こえる
   距離に違いが生ずる。

  【解説】
   ・音は物体の振動が、それを伝える物質(媒質=ここでは空気)の圧力の変化(波)と
    して伝わっていく現象であり、時報のような単純な波(純音)ならば、同じ強さ(振幅)で
    同じ高さ(周波数)の音は、同じ大きさの音として聴こえる。
   ・しかし多くの音がそうであるように、声は周波数の異なる複数の純音が組み合わさっ
    た「複合音」であり、人によって音の波形(基本周期内の振幅の変化パターン)が異な
    る。
    注)音の高さは複数の純音の中で、最も長い周期を持つ「基本振動」で決定される。
      (これを「基音」という。)
      また、基本振動でない他の振動は、基本振動の整数倍の周波数を持つ。
      (これを「倍音」という。)
   ・一方、人間に聞こえる音(可聴音)は、普通20Hz〜2KHz(キロヘルツ)の周波数の音で
    あるが、音の大きさを感ずる感度は、1kHz〜5KHzの間で高く、これより外の音は感度
    が低くなる。
   ・また、「雑音」のようなギザギザの波形を持った周波数成分を持った音は聴き取りにく
    いことも知られている。
   ・実は雑音成分の無い、どういう波形の音(声)が聴き取り易い(=遠くまで届く)か、に
    ついては明確な科学的答えは見つかっていない。しかし、プロの声楽家やアナウンサ
    ーの声を分析してみると、声楽家の場合は2.4KHz〜3.2KHzの周波数成分が大きな
    振幅(これをホルマントという)を持ち、アナウンサーは3KHz〜4.5KHzのホルマントを
    持つことが、分析的に知られている。
   ・人の声は声帯の振動が声道その他で共振(共鳴)し、十人十色の音声器官の構造と
    機能による、固有の波形(音色)を創り出しているのであるから、聴こえ易い声やそうで
    ない声が存在するのである。
   ・なお、この聴こえ易い声を創るのに色々な訓練法が提唱されているが、個人差もあっ
    て絶対的方法は無い。それに、音色について音声器官がどのようなメカニズムで関っ
    ているかは、まだ研究が進んでいない。
   ・「怒鳴り声は遠くに響かない」ということが本当かどうか、残念ながら未だ私には解らな
    い。怒鳴るのは「雑音成分」が多量に含まれていて、「声楽的」な声では無いから、汚く
    聴こえるだけのことかも知れない。
   ・しかし音響的にとって「いい声」とは、少ない適度の「雑音」成分を含む、規則正しい周
    期を持った声、というのは概して確かなようである。
   ・追記:音の大きさは同じ強さで発した音でも高さ(周波数)によって異なり、概して高い
    音ほど大きい。


その3:合唱にとって「ヴィブラート」は「悪」か?

  【結論】
   強いヴィブラートは悪。ナチュラルな軽いヴィブラートは歌う側及び聴く側の好み。
   ノン・ヴィブラートは曲の表現テクニックとしての選択的技術。

  【解説】
   ・ヴィブラート(vibrato)とは<震えた>の意で、音の高さの「微々」たる動揺であり、
    同じ音の急速な反復である「トレモロ」と区別する。
   ・ヴァイオリンを弾く時、弦上の指の振動によってヴィブラートをかけるが、これをしない
    演奏が、鋸を連想させる単調で拡がりのない演奏になるのと似て、歌声に関しても
    殆ど同様であり、適度のヴィブラートは豊かな演奏に役立つ。
   ・しかし、癖か意識的か、ヴィブラートが強くなる(=音の高さの動揺度が大きいか、
    動揺のピッチが長い)と、人間の生理的不愉快を来たす。演歌歌手が一つの表現と
    して用いる事もあるが、合唱では他の声と融合せず「跳び抜けて」しまって、合唱に
    ならない。
   ・しかし、良い発声に伴って自然に生ずる軽いヴィブラートは、豊かな声の響きを増幅
    し、合唱の中の一つの音色の要素として融合させる事が出来る。
   ・尤も、一切のヴィブラートを嫌う聴き手には聞き辛くなるが、それは最早「趣味」の領域
    の議論である。
   ・では、いつでもヴィブラートがあった方がいいかと言えば、それは「No」。なぜならば、
    静かに眠るような、或いは静寂の中でもの思いに耽るような表現をすべきところに、
    明るく闊達なイメージを伝えるヴィブラートをもって表現することは不可能であり、意識
    してノン・ヴィブラートで表現しなければならない。
   ・因みに、ヴィブラートの発生メカニズムは、未だ解明されていない。ナチャラル・ヴィブ
    ラートは意識して作り出すものではなく、正しい発声をすれば自然に起るものらしい。
    共鳴が作り出す自然の「揺れ」ということでしょうか。


その4:「胸声」とは胸(胸腔)で共鳴させる発声法か?

  【結論】
   昔はそう理解されていたが、最近の通説は、低音域における声帯自体の振動形態を
   言い、「低声区」と呼ぶこともある。即ち、共鳴させるからだの物理的部位とは無関係
   である。

  【解説】
   ・人間の持つ異なった音色の系列(声帯自体の振動形態)を「声区」と呼び、「胸声」
    「中声」「頭声」(又は「「低声区」「中声区」「高声区」)及び男性の「ファルセット」
    (仮声、裏声)がある。ファルセットは女性の場合は「頭声」と同一である。
    注)「胸声」「頭声」をそれぞれ「地声」「裏声」という言い方もある。即ちこれらは「声区」
      を意味しており、声の良し悪しではない。
   ・声区はヴァイオリンの4本の弦に似ている。一本一本の弦がそれぞれの声区と思えば
    解り易い。各弦の太さなどが異なるのに、同じ高さの音が出せるが、通常は別の弦が
    受け持つ音域を別の弦で弾くと、音色の乖離を生ずる。
   ・「胸声区」とか「頭声区」などの表現は、発声法上での感覚的表現であって物理的根拠
    は無い。しかし、「胸声」は「胸腔」を共鳴させる意識で、「頭声」は「頭部の共鳴器官」
    を共鳴させる意識でトレーニングして効果を挙げてきた歴史があり、一概に物理的
    根拠を否定出来ない。
   ・声区はそれぞれの範囲の音域で、もっとも声が響く。
   ・さて、訓練の出来ていない人が、例えば低い音(声)から高い音へ移行して行くと、
    あるところで声が割れたり突っ張ったりして途端に「音色」が変化する。そこで声区が
    変化したのである。なおこの変化点は変動する。
   ・声帯は高音に行くほど緊張の度を増し、声唇の部位が変化する。それがスムースに
    行かないと、声に一瞬の破れ目が生ずる。
    注)普通、人間には「変声期」があるが、これは声帯の形態が成長と共に変化し、
      ある時期に振動形態が変化して、音色が一変する。声区の変化は物理的には
      違うが、感覚的にはこれに似ている。
   ・歌唱をスムースにする為には、この声区の移行を上手く滑らかにする訓練が必要で
    ある。訓練法には色々提唱されているが、例えば、
    @「ア」の発音でだんだん高音に移行し、次第に「オ」に近い「ア」に変えて行くと、
      スムースに移行出来る。
    A人声の共鳴の基本は頭部にあるので「頭区」から、色々な子音と一緒に高い方の
      響きを伴いながら「中区」「胸区」へと下降する練習。


その5:合唱する複数の人の「声を揃える」ことって本当に出来るのか?

  【結論】
   完全に一致させる(揃える)ことは不可能。但し、融合させてそれに近づけることは
   出来る。

  【解説】
   ・人の発声器官、共鳴器官は十人十色であり、それから発せられる声には当然個性
    (個人差)がある。まさか「声帯模写」して合唱するはずもない。
   ・声を作り上げている要素は、「高さ」「強さ」「音色」「呼気持続」の4つがあって、厳密に
    言うと、これらが全て一致しないと「揃った声」というか「一致した声」にはならない。
    中でも「音色」を揃えるのは不可能に近い。
   ・だがしかし合唱指導者は「声をそろえろ」と発破をかけてくる。何故か?実は声の特徴
    (声質)を決めるのは、後天的要素が強いので、訓練によって”近づける”可能性が
    あるからなのだ。つまり、器官は違うが発声方法を揃えることによって”似た音色”を
    得ることが出来る、ということなのだ。
   ・では「高さ」はどうか。「音色」が発声方法を揃えることに対し、高さは声帯の振動数を
    揃えることであるが、実現方法として自分の音もしくは他の音を聴いて、つまり「感覚
    的」に声帯の閉じ方、呼気の強さをコントロールしている。即ち「聴く」ということが極め
    て重要であることがわかる。
    注)「音の高さ」を「音程」と呼ぶ人がいるが、間違いである。「音程」とは「音の高さの
      隔たり」である。尤も「音程が悪い」という場合はある音から異なる音に移る時、
      後の音が前の音に対して正しい隔たりを持っていないことを指すことが多く、その
      意味では正しい。一つの音の高さが高い低いことを指して「音程が低い」なんて
      いう表現は誤りである。(どうでもいっか)
   ・勿論「強さ」も「音色」も聴くことが大事だけど、この「高さ」のコントロールは「聴く」こと
    なくしては不可能である。
   ・ところが厄介な問題がある。それは「自分の生の声は人が聞いている声と違う」という
    ことである。よく知れれているように、自分の声は外から聴く「気導音」と自分の体「骨」
    を伝わって直接感じる「骨導音」を同時に聴くことになるからである。これは「音色」に
    最も関係するが、「高さ」の認識にも微妙な差異を感ずる要因である。ベートーベンの
    ように骨導音だけで「第九」を創ってしまうような天才は別だが・・・。
   ・もう一つの問題は年齢と共に低下する「聴力」である。これを老人性難聴というが、
    高い音から順に聴きづらくなっていく。如何ともし難い要因である。
   ・そしてもう一つが所謂「音痴」である。音痴には「発声音痴」と「聴音音痴」があるが、
    両者とも病気でない限り、訓練によって矯正できる。
   ・これらの問題は、訓練によって軽減していくしか道はない。即ち、繰り返し正しい音
    (例えばピアノ)を聴き、それに合せて声を出すとか、人の指摘に素直に耳を傾け、
    或いは正しいと思われる人の音に合せて、何度も何度もトライすることである。
    どちらの場合も「聴く」ことが矯正の基本である。
   ・次いで「強さ」であるが、これは感覚として聴く「大きさ」を揃えることなので、聴こえる
    声の大きさにコントロールすることは容易である。即ち、自分の声が人より大きく飛び
    抜けて聴こえたり、聴こえなかったりしない様にすれば良い。
   ・最後に「呼気持続」である。フレーズなど1ブレスで歌うべきところで、歌い出しは肺に
    空気が一杯あるけれども、直ぐに減少し、途中でブレスしないと続けられなくなり、
    そこでアンサンブルが壊れる。母音の「ア」か「エ」で発声し、1ブレスで続けてみると、
    普通の人は約25秒前後であることが、実験実証的に知られている。10秒も持たない、
    何ていう人は、呼気を全て声に出来ず(声門=声帯の隙間が完全に閉じていない)
    「洩れて」、所謂かすれ声になっているからである。体の力を抜き、呼気を一定の
    速度で送り出し、呼気が効率よく声になっているかを感じながら発声練習すれば、
    良い呼気持続が得られる。


<ここまでの参考文献・図書>
 ・「合唱事典」             音楽之友社編
 ・「音楽辞典」             音楽之友社編
 ・「音の何でも小事典」      日本音響学会編 講談社
 ・「声がよくなる本」           米山文明著 主婦と生活社
 ・「歌が上手くなるスーパー発声法」 江本弘志著 音楽之友社
 ・「コーラスは楽しい」           関屋晋著 岩波新書
 ・「MIDIで音楽」             中島康滋著 メディア・テック出版
 ・「広辞苑」                 新村出編 岩波書店